【来日外国人の「昔の日本」見聞記 その15】
・例えようもない花見の眺めだ。隅田川沿いの向島へ遠乗りした。今日
ここは、民間の祭礼の特徴を余すところなく示している。向島は、
だいたい散在した村落と言っていいような所だが、川の左岸にあるか
なり水際に接して延びた長い堤によって水害を防いでいる。
・この堤に桜が植えてある。右側平地には、茶屋、寺院、美しい庭のあ
る民家が連なっている。桜の花の時期はまた、向島の華やかな季節で
もある。全東京市民が向島巡りをやるのだ。今日の日曜日こそは、ま
さにそのクライマックスである。
・せいぜい4メートルの幅しかない堤の上を、うごめく人の群れは、目
を疑うほどだ。我々は馬で行ったのに、人力車と同様、極めてゆっく
りしか進めない。それでも、すっかり満足だった。というのは、高い
位置にいる大きな利点によって、周囲の見晴らしを存分に楽しむこと
が出来たからである。
・まあ、何という眺めだろう。左手には、春の太陽に輝かく大きな流れ
と、滑るように走る小舟。頭上には、本当に小枝も見えないほどぎっ
しり花で覆われた樹木。足元一帯には、色とりどりの人の群れ。
・しかも、これらの人々が、今日の日曜日は、平日とすっかり違ってい
るのだ。日頃は、あまり美しいとは思わない女の人たちが、今日はこ
うまで魅力的なのだ。殊に、鮮やかな絹の着物、風雅な変化に富む色
彩の配合。白く化粧した顔、きらきらする髪飾りのごく若い娘たちが
そうだ。
・それに、入り乱れて行きかうすべてが、何と静粛で整然としているこ
とだろう。乱暴な行為もなければ、酔漢の怒鳴り声もしない。行儀の
よさが、骨の髄まで沁み込んでいる国民だ。(明治12年4月6日の
日記)
〔ドイツの医学者・エルヴィン・ベルツ。東京医学校教師。30年滞日
日本の近代医学の父〕
【来日外国人の「昔の日本」見聞記 その16】
・落書きのない国である。人力車に乗って田舎を通っている間に、徐々
に気が付いたのは、垣根や建物を穢くする記号や引っかき傷その他が
全然ない事である。この国には、落書きの痕をとどめた建物が一つも
ない。
・しかも、労働者たちは、我が国のペンや鉛筆ともいうべき、矢立を持
って歩いているから、自分の名前や、気に入った文句や、格言などを
書こうと思えば、いくらでも書けるのである。
・私はこのことを、我が国の人々のこの点に関する行為と、比較せざる
を得なかった。我が国の学校その他の建築物が汚れていることは、ま
ことに残念なことに思えてくる。
〔アメリカの動物学者・エドワード・モース。ダーウィンの進化論を日
本に紹介。大森貝塚発見〕
(村岡正明著「日本絶賛語録」より適宜引用)