【来日外国人の「昔の日本」見聞記 その11】
・ヨーロッパの多くの国々や、自分の国イギリスでも、地方によっては
外国の服装をした女性の一人旅は、実際の危害を受けるとまではいか
なくとも、無礼や侮辱の仕打ちにあったり、お金をゆすり取られるこ
とがある。
・ところが、日本では、私は、一度も失礼な目にあったこともなければ
実際に過当な料金を取られた事もない。群衆に取り囲まれても、失礼
なことをされた出来事もない。
・馬子たちは、私が雨にぬれたり突然驚くことのないように、絶えず気
を使い、また、革帯や結んでいない品物が旅の終わるまで無事である
ように、細心の注意を払う。
・馬子たちは、旅が終わると、心づけを欲しがってうろうろしたり、仕
事を放り出して酒を飲んだり、雑談をしたりすることもない。彼らは
直ちに、馬から荷物を下し、駅馬係から伝票をもらって、家へ帰るの
である。
・ほんの昨日のことであったが、革帯が一つ紛失していた。もう暗くな
っていたが、馬子は、それを探しに一里も引き返した。
・私は、彼にその骨折り賃として何銭かをあげようとしたが、彼は、旅
の終わりまで無事に届けるのが当然の責任だと言って、どうしてもお
金を受け取らなかった。
・馬子たちは、お互いに親切であり、礼儀正しい。それは見ていても大
変気持ちが良い。
〔イギリスの女性世界旅行家・イザベラ・バード。明治11年5月~12月
東北・北海道を旅行〕
【来日外国人の「昔の日本」見聞記 その12】
・捕えられて、我々が通過した村々では、村民は、概して我々に親切に
してくれた。村に入る時や、出発の時には、どこでも、我々を見よう
と集まった老若男女に取り囲まれた。
・だが、誰一人として、我々に侮辱を与えたり嘲笑したりする者もなく
みんな同情のまなざしで見、中には心から憐憫の情を浮かべる者もあ
り、殊に女たちにそれが多かった。
・我々が、喉の渇きを訴えると、村人たちは先を争って世話をしようと
した。また、我々に何かご馳走したいと、護送兵に願い出る者がたく
さんいて、許可を得るや否や、酒や菓子やその他のものを何かと持っ
て来てくれた。
・また、松前藩の隊長たちも、一再となく上等の茶と砂糖を寄こしてく
れた。
〔ロシアの海軍士官・ワシーリイ・ゴロウニン。国後島測量中捕らえら
れ約二年滞日〕
(村岡正明著「日本絶賛語録」より適宜引用)